『3000万語の格差』:最近の研究

本を読み、遊ぶことと社会・感情面の発達


保護者が本を声に出して読み、子どもと一緒に遊ぶことと、社会・感情面の発達


原著論文 "Reading Aloud, Play, and Social-Emotional Development" は2018年4月のPediatrics誌、米国小児科学会)
紹介記事は2018年4月16日のNew York Time紙。執筆者は『3000万語の格差』に登場する小児科医のペリー・クラス博士)

紹介記事から要訳してまとめたもの


 この研究では、生後~3歳の子どもが保護者とともに小児科を受診した時に行う啓発的介入の効果が、介入終了から1年半後(4歳半時)、子どもの社会・感情面の発達にもプラスの効果を及ぼしていることを明らかにしています。

 介入方法は、ニューヨーク大学医学大学院の准教授、Alan Mendelsohn博士らが1998年から進めている「Video Interaction Project(ビデオを用いたやりとりプロジェクト)」。小児科医を受診すると、そこで玩具と本を渡され、子どもについてペアレンティング・コーチと話をします。その後、その場で5分程度、親子が玩具と本を使ってやりとりをし、これをビデオ撮影、撮ったビデオを一緒に見ながら行動介入の専門家が親に子どもの様子を伝えていくというものです。

 実験グループの一人であるAdriana Weisleder博士(ノースウェスタン大学コミュニケーションの科学と障害学部准教授)は記事の中で、「自分たちの姿を映像で見ると、自分がいろいろ違うことをする度に子どもがどう反応するかを知るという、保護者にとっては驚くような経験になり得る」と話しています。「(ビデオを一緒に見る時)私たちは、やりとりの中の肯定的な側面に注目するようにしている。保護者はやりとりの中で、自分がくだらないことをしていると感じるかもしれない。でも、ビデオを見て、自分(保護者)のしていることを子どもがどれくらい喜んでいるか、どんなに楽しいかを見ると…。保護者にとってはとても励まされることだと思う」。

 この実験プロジェクトにはニューヨーク州都市部に住む低所得層の675家族が参加しています。うち無作為に選ばれた225家族が上の介入を受け(介入群)、残りは介入の効果をみるための対照群です。介入群の親子に上の介入をするのは生後から3歳まで。先だって行われた研究によると、3歳の時点で、介入を受けた保護者の子どもは受けなかった保護者の子どもに比べて、攻撃的な行動や多動が少ないという結果でした(違いは統計学的に有意)。

 今回の研究では、介入終了から1年半後(4歳半時)を検討しましたが、前の研究で見られた行動の改善が続いたという結果でした。つまり、介入を受けた保護者の子どもは受けなかった保護者の子どもに比べて、「攻撃性」「多動」「ものごとに注意を向ける困難さ」といった行動課題が4歳半の時点でも統計学的に有意に少ないという結果だったのです。また、介入群の一部の保護者は、3歳以降にも再び、同じビデオ撮影と検討の介入を受けていました。この介入を受けた保護者の子どもは、最初の介入の効果に上乗せする形でより良い結果が出ました。

 なぜ、子どもに(子どもと)声を出して本を読み、子どもと一緒に遊ぶことが、子どもの行動課題を減らすのか、直接的な理由ははっきりしていません(明確に「これ」とは言えないでしょう)。記事の中でWeisleder博士は、「本を読んだり遊んだりする中で、子どもはふだんよりも少し難しい状況に直面するかもしれない。その時、子どもが考え、行動するための助けをおとなができるだろう」と言っています。また、「声を出して子どもに本を読み、一緒に遊ぶことを増やす、それ自体が直接的に子どもの行動課題を減らすことにもつながっているかもしれない。なぜなら、子どもは(保護者と関わることで)よりいっそう幸せを感じ、保護者も子どもと一緒にいることをいっそう楽しいと思い、親子関係をいっそう肯定的に見るかもしれないから」。


解説


 生まれてすぐの子どもにも(子どもと)本を読み、一緒に遊ぶことの大切さは『3000万語の格差』にも書かれていることですが、それと行動課題の減少の関係を見た研究は今までなかったようです。特に、介入から時間が経った後の効果については。

 「こんなこと、当たり前じゃない?」とお思いの方もたくさんいらっしゃると思います(New York Timesの記事のコメント欄にもそのようなコメントがたくさんありました)。でも、直感として当たり前のことをデータで支持する、または直感の誤りをデータで支持するのが科学の仕事です。直感で「当たり前」では、「違うんじゃない?」「私はそう思わない」と言われたらおしまいですから。

 「当たり前」、でも、できているか? 日本には、保護者を対象にしたこのような行動介入の支援をする専門家がいません(実は日本の場合、医師ではなく保育士こそ、知識と技術を身につければ、この種の専門家になりうるのですが!!!)。このような介入を受けたことがある保護者もいないでしょう。ということは…。下の「語彙と感情コントロール」(2015年7月13日)に書いたことと同じですが、今、保育園や幼稚園で「行動に課題のあるお子さんが…」という背景には、このような要因もあると考えるべきでしょう。

 そして、サスキンド博士たちの「3000万語イニシアティブ」同様、この介入・研究プロジェクトも低所得者層を対象にしています。低所得者層の中でも(米国の場合は、この層だからこそ)、介入の効果はあるのです。ということは、こうした介入がほぼない日本の場合、貧富にかかわらずこのような介入は重要で、効果を持ちうるということになります。

 もうひとつ、「無作為に、介入群と対照群に分けられた」という所を読んで、「それって、倫理的に大丈夫なの?」とお思いになった方もいると思います。大丈夫です。もちろん、このプロジェクトを進めている人たちは、「この方法には効果があるはずだ」という仮説のもと、取り組んでいるはずです。でも、科学的な研究結果が出て、なにかしらの違いが「統計学的に有意に」現れるまでは、「この方法に効果があるようだ」とは言えません。ですから、介入対象にならない集団(対照群)を設定することに倫理的な問題はなく、介入の効果を示すためには対照群の設定が必須となります。

 こうした比較研究の場合は、緻密な研究デザインをして、一度の実験からさまざまな側面の結果が出るようにするのが一般的です。一度の実験からひとつの結果しか出ないのでは非効率的で、非経済的だからです。この実験も同じ群を介入直後の3歳時点、さらに4歳半時点で調べています。おそらく、6歳やその後も追跡して調べていくことでしょう。このプロジェクトの「論文(一部)」のページを見ると、すでに20本近くの論文が出ています。この論文(記事)で紹介された以外の要因もデザインの中に多く組み込まれているでしょうから、ひとつのプロジェクト、ひとつの長期追跡研究で、いくつもの側面のさまざまな研究結果が論文として発表できるのです。

(要約、解説:掛札逸美。2018年5月28日)