『3000万語の格差』:最近の研究

生後6か月児、言葉の意味理解と環境


生後6か月児は「言葉の意味の違い」を理解している。そして…


(2017年11月21日のロイターの紹介記事と2017年11月の論文 "Nature and origins of the lexicon in 6-mo-olds"をもとにした要訳。)

(ロイターの記事の要訳、ここから。一部、論文から情報を加筆)
 デューク大学(米国)のElika Bergelson博士のグループは、生後6か月の子どもがすでに言葉の意味をある程度、理解していること、そして、この子どもたちの言葉理解と家庭環境の関係を示す新たな研究結果を発表しました。

 言葉を学ぶためには、話し言葉と身のまわりにあるモノの間のつながりを理解し、また、それぞれの言葉がどう関連しているのかを学ぶ必要があります。その過程はどのようにして起こるのか、研究グループは、6か月児が言葉とモノの間のつながりを理解しているのかどうか、それとも単に言葉を言葉としてのみ受け取っているのかを知るために、まず、アイ・トラッキング(視線の動きを記録する機器)を用いて調べました。

 この実験では51人の6か月児に、まったく関係ないモノの写真の組み合わせ(例:車の写真とジュースの写真、牛乳の写真と足の写真)、関係あるモノの写真の組み合わせ(例:車の写真とベビーカーの写真、牛乳の写真とジュースの写真)を見せました。写真を見せながら保護者が「車」と言うと、子どもたちは「車の写真とベビーカーの写真」の時よりも「車の写真とジュースの写真」の時のほうで「車の写真」を長く見ました(見る時間の差は統計学的に有意)。つまり、車とジュースぐらい違うモノであれば、「車」という言葉が車を示しているのだろうと6か月児も理解しているのです。でも、車とベビーカーは類似したモノなので、まだ区別がつかないのでしょう(使った名詞は計16個。使った写真等は論文の「方法」を参照)。

 また、それぞれの子どもの家庭でビデオ撮影した様子から、そのモノが目の前にある時のほうがその言葉(そのモノの名前)を学びやすいということもわかりました。たとえば、「あなたのスプーンがここにあるよ」と、スプーンを目の前にして言うということです。そして、そのモノが目の前にある状態で言葉(モノの名前)を耳にする頻度が多ければ多いほど、言葉の理解に対する効果が大きいということもわかりました。

 Elika Bergelson博士は、「語彙の発達をどう促していくかを考えるためには、それが『典型的には』どのように進んでいくのかも理解する必要がある。この論文はその方向の第一歩」と言い、「その上でこの結果からわかることは、赤ちゃんともっと話すこと、そして、赤ちゃんが見ているものや赤ちゃんが注意を向けているものに(まわりのおとなが)焦点を当てることが、無駄にもならず、マイナスにもならないという点。それどころか、そうすることは、子どもの言葉の発達にとって役にたつだろう」「あなたの赤ちゃんを、本当の意味で会話のパートナーだと思って関わってほしい。言葉を話す前から赤ちゃんも言葉を聞き、学び、世界のことを学んでいる。そして、保護者(caregivers)がその環境を作る人なのだから」。

 ダナ・サスキンド博士(この研究には関わっていない)はロイターの取材に対し、「私から見ると、生後1日めからの保護者(parent)の意識的な話しかけと、子どものとのやりとりがとても大事だということを支持する研究だと思う。学びは学校の第1日めから始まるのではなく、人生の第1日めから始まる」と話しています。
(ロイターの記事の要訳、ここまで)

(以下、論文の内容から)
 論文を読むと、家庭ではビデオ撮影(1時間)だけでなく、LENA(『3000万語の格差』に出てくる)を使った音声録音(子どもが起きている間じゅう1日)もしています。ビデオ撮影時には、子どもに小さなカメラ付きの帽子をかぶせ、子どもの目の前も撮影しています。これによって、「単語が発せられた時に、そのモノが目の前にあるかどうか」が明確になるわけです。

 記録された言葉を評価する係(複数)が、子どもに向けられたおとなの声の中から「明確な名詞」を選びだし、その名詞の使われ方(7種に分類)、その名詞のモノがそこにあったかどうか、誰がその名詞を言ったかを分類していきます。ビデオ映像はモノが目の前にあるかどうかわかりますが、音声だけの記録のほうでは話の文脈から類推します。たとえば、『キラキラ星』をおとなが歌っている場合は、「歌」(使われ方)、「ない」(目の前にモノがあるか)、「父親が歌った」(誰が)等となるわけです。言葉を評価する係は複数おり、それぞれの評価が合致しているかどうかを「コーエンのカッパ Cohen's Kappa」(評価者の評価の合致度をみる係数。合致度が高いと評価が単なる主観ではないと言える)を用いて計算、高い合致率が得られています。

 結果、音声記録でみると、子どもたちは1日平均710種の名詞を異なる7人から聞いていました。うち60%の名詞は母親からで、50%の名詞はそのモノが目の前にある状態で聞いていました。ビデオ記録でみると、1時間に平均170種、3人のおとなから。うち70%が母親からで、モノが目の前にあった割合は60%でした。

 子どもの語彙について保護者に尋ねたところ(MacArthur-Bates Communicative Development Inventoryという調査紙を使用)、すべての保護者が、実験室のアイ・トラッキング実験で使った単語を子どもはまだ知らないと思うと答えました。そして、71%の子どもがまだ片言も話していないということでした。

 最終的にこのグループは、実験室の結果と家庭の観察結果をつなげて統計学的に分析し、家庭でモノを目の前にして単語を耳にしている子どもほど、そしてその数が多い子どもほど、6か月の段階で言葉とモノのつながりを、より理解しているという結果を出したのです。
(論文の内容は以上)

(以下、コメント)

 この研究には、『3000万語の格差』に出てくるパトリシア・クール教授も関わっているようです。

 音声記録、ビデオ記録から報告されているような量の言葉を、今、日本の保育園にいるゼロ歳児は聞いているでしょうか。聞いていないと私(掛札)は思いますが、私の印象に過ぎないので観察研究が必要です。家庭にいるゼロ歳児では? 保育園にいる子どもたちが家庭にいる時は? わかりません。これも観察研究が必要です。データがないのに「できているつもり」になっていたのでは、乳幼児たちが被害を被ります。いずれにしても、ビデオを見せる、スマホやタブレットの「教育画面」を見せる、絵本を読み聞かせる以上に(以前に?)必要なことがある(これは下の「文脈の中で言葉の学びが促される」〔2015年9月20日〕にもつながる内容)。これは、「言葉に課題のある子どもが増えている」という保育現場の言葉を裏打ちしているのかもしれない研究結果です。そもそも、複数(集団)の子どもを対象とする保育環境で、この実験が示そうとしている効果を保障しようということ自体、可能なのか、すべきなのか、考えるべきでしょう。

 また、『3000万語の格差』の訳者あとがきと訳注にも書きましたが、擬音語や擬態語が非常に多く(英語には擬音語や擬態語がほとんどない)、小さな子どもに対して擬音語や擬態語を多く使う日本語においてはどうなのか、独自に同様の研究をする必要があるでしょう。擬音語、擬態語が子どもの言語発達に果たしている役割、名詞や動詞との違いがあるのかどうか等です。

 最後になりますが、この論文の冒頭にはこの研究の意義についてもうひとつ、こう書かれています。「この結果は、言葉の遅れを乳児期に発見できる可能性、そして、遅れが発見された場合には早くから介入できる可能性も示唆している」。この種の研究が進めば、たとえば生後6か月(またはそれ以前?)の段階でその子どもの言葉の程度を知ることができ、言葉を実際に話し始める前の過程に沿った介入方法(たとえば、この実験のように、モノが目の前にある環境で積極的に乳児と関わる)を組み立てることができるわけです。

(要約、解説:掛札逸美。2018年5月31日)